相馬勝也さんが西武ライオンズに残したもの

スポンサーリンク

プロ野球・西武ライオンズのファームディレクター補佐兼育成担当・相馬勝也さんが胃癌のため2013年6月2日若くして亡くなりました。

西武ライオンズ相馬勝也死去

プロ野球の世界では、華々しく活躍する選手たちの裏で涙を流してきた苦労人や、出場する選手たちを鼓舞しつづける裏方さんが必ずいますが、西武ライオンズになくてはならない男、相馬勝也もその一人でした。

西武ライオンズ相馬勝也死去3

相馬さんは1982年にドラフト外で西武ライオンズに捕手として入団しましたが、試合にはほとんど出場していません。

通算39試合に出場して、15打数1安打。プロ野球では通算1本しかヒットを打っていません。

しかも1986年に出場した27試合には打席の記録は残っていません。偵察メンバーとしてスタメンに名前を連ねるものの、すぐに交代させらていたからです。


スポンサーリンク


相馬勝也という人間

当時西武ライオンズには、相馬と同期で入団した伊東勤という絶対的なキャッチャーがおり、ほとんど出場することはできませんでした。

西武ライオンズ相馬勝也死去2

ただどんな状況になっても、オモテウラなくチームメイトと接し、大きな声でブルペンを盛り上げる相馬の人柄は絶大な信頼を得ていました。

引退後は長らく西武のブルペン捕手を経験。あの松坂大輔投手もお世話になっている。

自分の立場をわきまえ、監督を立てる。現監督の渡辺久信からの信頼も絶大だった。

2010年に胃癌を患ってからは最前線からは一歩引いた立場で選手たちを見つめてきたが、それでも元気のない若手には容赦なく大きな声で叱咤激励した。

それはただ厳しいだけのいわゆるしごきではなく、少しでも活躍して欲しいと願う相馬の愛情がこもったものだった。

西武黄金期から現在まで、西武で活躍した選手で、相馬に世話になっていない者はいない、そう言っても過言ではないぐらい相馬の存在は大きかった。イラスト

勝ってファンに喜んでもらい続けることが相馬への恩返しになる。

相馬はいつまでもあの元気な声で天国から見守っている。

スポンサーリンク