小学校教員になるのを辞めたいと思った理由は?

スポンサーリンク

年末にTBS系列で放送される「プロ野球戦力外通告 クビを宣告された男達の話」という番組をご存知でしょうか。

そのシーズンで解雇されたプロ野球選手たちのその後を追いかけています。

再雇用のためにトライアウトを受ける選手もあれば、台湾や韓国のプロ野球チームに活路を見出す選手、違う仕事に転職していく選手もいます。

ほとんどの場合、プロ野球にかける自分の想いがありながらも、妻や子、両親の心配もあり葛藤している様子が描かれています。

自分が小さい頃から憧れていた世界が期待通りではないこともある、そんな現実がそこにはあります。


スポンサーリンク



教育実習での苦い思い出

小学校教員を辞めたいと思った理由

私は小学校時代の担任に憧れ、中学校のときに教師になることを決めました。

高校入学時にはすでに、教育大学に入ることを目標にしていました。

私が憧れた担任というのが、いわゆる熱血漢を絵に描いたような人でした。

想像しやすい例でいうと金八先生みたいな感じです。

子どもとも親とも地域とも、とにかく真正面から向き合う人でした。

苦労も多かったようですが、苦戦している様子も私には輝いているように見えました。

そんな元担任に憧れて入学した教育大学ですが、3回生の秋に教育実習があります。

ほとんどの教育大学生にとって、この教育実習は憧れで、教育実習を境に教師熱が高まっていきます。

実習前は私もその1人で、母校への教育実習は楽しみにしていました。

ただ私が実習で行った学校には金八先生はいませんでした。

学級崩壊をしていたわけではありませんが、立ち歩いたり、誰かに迷惑かける子どもが多かったのです。

先生が注意しても変わりませんし、もはや無法地帯^^;

私は手を出さないまでも強めに注意していたのですが、担当の先生からは「まあまあ、そんなに熱くならんと」ってよく言われました。

実習の途中からなんとなく教師熱が冷めかけていたのですが、それに拍車をかける事件がある起こりました。

実習後半にある日の朝、教室に行くと黒板の8割ぐらいの大きな字で、

死ね

と書かれていました。

おいおい、ちょっと待ってくれ(T_T)

注意しようとしたのですが、そのとき担任が入ってました。

私はここまでしたら、さすがに担任がキレて、怒り出すんだろうなぁと思って眺めていました。

そうすると、なんと担任は何事もなかったように、残りの2割の黒板を使って授業を始めました。

固まる私。おそらく犯人であろう子どもも驚いています(笑)

そして黒板は消されることなく、1日が終わりました。

後から担任に真意を聞くと、「自分から悪いことに気づいて消して欲しかった」とおっしゃっていました。

言わんとすることはわかるのですが、「死ね」と書かれた本人の気持ちにもなってくれよ~

教育の世界ってこんなもの?

手を挙げることが悪いことぐらい分かっていますが、人に「死ね」って言うても怒られることないなら、子どもたちはどうやって良いこと、悪いことを分別できるようになるのでしょうか。

金八先生ほどじゃなくてもいいですから、人間としてぶつかっていていくような教育はもう現場にはありませんした。

私の思い描いていた教育像はガラガラと崩れ去り、私は教育現と決別することを決意しました。

現場を知る残酷さ

小学校教員を辞めたいと思った理由2

仕事が向いているとか向いてないというのは、現場を見ることでしかわかりません。

もしかしたら小学校で働き出せば、もっと明るい未来が待っていたかもしれませんが、ボキッと折れた私の心がそれを拒絶しました。

教育大学時代の友達に聞いた話では、4月1日に「私、教師に向いていません」と電話してきて辞めた新卒がいるそうです。

担任になることも決まっていたそうですが、そんなやつよりはましかもしれませんね。

自分がなりたいと思っていた職業が、思っていたとおりの職業であるなんて普通はあり得ません。

それはプロ野球選手でも、小学校教員でも、医師でも、看護師でも同じです。

それでもやり通すだけの楽しさや学びがあれば、続けていけばいいのではないでしょうか。

資格取得や何かの職業を目指す方の参考になれば幸いです。

こちらの記事もオススメです