高校野球で一番活躍した野手、それはまぎれもなく清原和博さん(PL学園出身)でしょう。
なぜか?
清原さんの高校時代の甲子園大会の成績を見れば誰もが納得します。
以前、桑田真澄さんの甲子園での全投手成績をご紹介しました。
通算20勝という、おそらく破られることがない記録でしたね。
まだご覧になっていない方はお時間のあるときにでもどうぞ。
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清原和博の甲子園大会での全成績
そして甲子園での打のヒーローといえば、もちろん清原さんです。
甲子園での全成績はこのようになっています。(※春:選抜大会、夏:選手権大会)
※この表は左右にスクロールできます。
1983年夏 | スコア | 対戦校 | 都道府県 | 打数 | 安打 | 打点 | 本塁打 |
1回戦 | 6対2 | 所沢商 | 埼玉 | 3 | 0 | 0 | 0 |
2回戦 | 7対0 | 中津工 | 大分 | 4 | 0 | 0 | 0 |
3回戦 | 6対2 | 東海大一 | 静岡 | 4 | 2 | 1 | 0 |
準々決勝 | 10対9 | 高知商 | 高知 | 4 | 3 | 3 | 0 |
準決勝 | 7対0 | 池田 | 徳島 | 4 | 0 | 0 | 0 |
決勝 | 3対0 | 横浜商 | 神奈川 | 4 | 2 | 1 | 1 |
1984年春 | スコア | 対戦校 | 都道府県 | 打数 | 安打 | 打点 | 本塁打 |
1回戦 | 18対7 | 砂川北 | 北海道 | 4 | 3 | 4 | 1 |
2回戦 | 10対1 | 京都西 | 京都 | 4 | 4 | 4 | 2 |
準々決勝 | 6対0 | 拓大紅陵 | 千葉 | 2 | 0 | 0 | 0 |
準決勝 | 1対0 | 都城 | 宮崎 | 5 | 1 | 0 | 0 |
決勝 | 0対1 | 岩倉 | 東京 | 2 | 0 | 0 | 0 |
1984年夏 | スコア | 対戦校 | 都道府県 | 打数 | 安打 | 打点 | 本塁打 |
1回戦 | 14対1 | 享栄 | 愛知 | 4 | 4 | 6 | 3 |
2回戦 | 9対1 | 明石 | 兵庫 | 5 | 3 | 0 | 0 |
3回戦 | 9対1 | 都城 | 宮崎 | 3 | 1 | 1 | 0 |
準々決勝 | 2対1 | 松山商 | 愛媛 | 4 | 1 | 0 | 0 |
準決勝 | 3対2 | 金足農業 | 秋田 | 2 | 0 | 0 | 0 |
決勝 | 4対8 | 取手二 | 茨城 | 3 | 1 | 0 | 0 |
1985年春 | スコア | 対戦校 | 都道府県 | 打数 | 安打 | 打点 | 本塁打 |
1回戦 | 11対1 | 浜松商 | 静岡 | 3 | 2 | 1 | 1 |
2回戦 | 6対2 | 宇部商 | 宇部商 | 5 | 2 | 0 | 0 |
準々決勝 | 7対0 | 天理 | 奈良 | 3 | 1 | 0 | 0 |
準決勝 | 1対3 | 伊野商 | 高知 | 3 | 0 | 0 | 0 |
1985年夏 | スコア | 対戦校 | 都道府県 | 打数 | 安打 | 打点 | 本塁打 |
2回戦 | 29対7 | 東海大山形 | 山形 | 5 | 2 | 1 | 0 |
3回戦 | 3対0 | 津久見 | 大分 | 1 | 0 | 0 | 0 |
準々決勝 | 6対3 | 高知商 | 高知 | 3 | 2 | 1 | 1 |
準決勝 | 15対2 | 甲西 | 滋賀 | 3 | 3 | 4 | 2 |
決勝 | 4対3 | 宇部商 | 山口 | 4 | 3 | 2 | 2 |
通算では91打数40安打29打点13本で、打率はなんと.440。
しかも3年生の夏の選手権大会の成績は、打席24で16打数10安打8打点5本、打率はなんと.625、8つ四死球がありますので出塁率は驚異の.750!(*_*)
すごいですね。誰が見ても納得の数字です。
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清原和博の甲子園で記憶に残る5試合
ここで話が終わると記録だけしか伝わらないので、高校野球時代の甲子園での清原さんを語る上で忘れることができない5試合をご紹介します。
1983年選手権大会準決勝 池田戦
1年生にして名門PL学園の4番として挑んだ初めての甲子園。ホームランは出ていないものの、前の準々決勝の高知商では3安打と調子をあげていた。
そして史上初の夏春夏の3連覇に挑む、当時最強を誇った蔦監督率いる池田との準決勝。池田のエースは後に巨人で活躍した水野雄仁。
PL学園は桑田のレフトスタンド中段への特大ホームランなどで、水野から大量得点を奪い試合を決めた。
試合には大勝したものの、この日の清原は全4打席で三振に倒れる。試合には勝ったものの、清原対水野の勝負では水野の完勝だった。
打席 | 1 | 2 | 3 | 4 |
内容 | 三振 | 三振 | 三振 | 三振 |
1984年選抜大会決勝 岩倉戦
昨夏の優勝校として夏春連覇に挑んだPL学園。順調に決勝に進出してきた。
相手は初出場校の岩倉。戦前はPL学園の圧倒的有利が伝えられていた。
しかしフタを開けてみると、岩倉のエース山口重幸(後に阪神タイガースに入団)がPL学園相手に好投する。
1点をリードされたPL学園はなんとしてでも1点欲しい場面で、清原にバントのサインが出された。後にも先にも、甲子園で清原がバントをしたのはこのときだけ。
後に岩倉のエースだった山口は「打たれる方が嫌だった。このバントで相手が苦しんでいることがわかった」と話している。
打席 | 1 | 2 | 3 |
内容 | 三振 | 二ゴロ | 投犠打 |
1984年選手権大会1回戦 享栄戦
この日の清原は絶好調。
第1打席でライト前ヒットを放つと、迎えた第2打席にはライトへのホームラン。四球を挟んで第4打席にはレフトへ、さらに第6打席にもレフトへ、1試合3本塁打を放つ。
1試合3本塁打は2005年選手権大会の平田良介(大阪桐蔭、現中日ドラゴンズ)も記録したが、いまだに破られていない大会記録でもある。
打席 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 |
内容 | 右安打 | 右本 | 四球 | 左本 | 死球 | 左本 |
1985年選抜大会準決勝 伊野商戦
最終学年となった清原。4大会連続の甲子園出場を果たす。
1回戦から準々決勝までは危なげなく勝ち進み、迎えた準決勝の伊野商戦。後に西武ライオンズでチームメイトとなる渡辺智男がPL学園の前に立ちはだかる。
清原はこの試合で3打数ノーヒット、3三振と渡辺に完璧に押さえ込まれる。
チームも準決勝で敗れ、KKコンビが出場した5大会で唯一決勝進出を逃した。
打席 | 1 | 2 | 3 | 4 |
内容 | 三振 | 三振 | 四球 | 三振 |
1985年選手権大会決勝 宇部商戦
最後の甲子園となるこの大会でも、KKコンビが引っ張るPL学園は快進撃を続けた。
2回戦、3回戦では勝負を避けられていたが、準々決勝で待望のこの大会1本目のホームランを放つと、準決勝の甲西戦でも2発放った。
そして迎えた宇部商との決勝戦。
第2打席でレフトスタンドへホームランを放つと、迎えた第3打席にはバックスクリーン左に豪快に放り込む。
このとき有名な「甲子園は清原のためにあるのか」という名実況が誕生した。
この日の2本で選手権大会5本塁打はもちろん最多。
チームも宇部商に逆転勝ちし、有終の美を飾った。
打席 | 1 | 2 | 3 | 4 |
内容 | 中飛 | 左本 | 中本 | 中安 |
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まとめ
どうでしょう。こうして見ると、順風満帆だったわけではなく、節目節目で敗戦を経験し、マークされながらも偉大な記録を残してきたことがわかりますね。
近年は大阪桐蔭にもすごいバッターがいますが、申し訳ないですがここまでのインパクトはありません。
記録にも記憶にも残る、おそらくこんな数字を残す打者は今後も現れることはないでしょう。